2013年02月05日

死生観『老い』@ボーヴォワール

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もうすぐ80歳になろかという女性とお話する機会がありました。

その方は大学教授をされていて、リタイアした今では

原稿を書いたり、何かの委員をやったりしています。

「高齢者で 『もう死にたい』 なんてよく聞くけれど、

それは働いていなかったり、生きがいがないからよ」

と、とてもアクティブに活動されているのです。

この日は、先生がお書きになったエッセイのことで打ち合わせが必要で、

そのためにお話しを伺った…はずでした。

しかし話題は「死生観」へと移り、

胃瘻(いろう)や延命治療の話になりました。

「私は思うのだけど…」と、先生。

「政治や経済に、物申す年寄りが多いでしょ? 

新聞をゆっくり読む時間もあるんですもん、その攻撃的な言動も、仕方がないと思うのよ。

でもね、そんなことばかりじゃなくて、もっと主張してもらいたいことがあるの。

それはね、

今の医療って、『治す』『延命する』ことでしょう?

これからはそうではなく、『死のための医療』を

考えていかなくちゃいけないのではないかしら―――」

先生は、このように言葉を続けました。


ある程度の高齢ともなると、「どのように死を受け入れようか」と考えるといいます。

どのように最期を迎えるか、その選択は自分自身でしたいですよね。

それが「治す医療」と相反するものであった場合、

「死のための医療」の視点から処置できるような

医療の考え方が浸透してほしいなあ…と感じました。


さて、その先生が10年前に読んで、感銘を受けた本があるといいます。

ボーヴォワール(フランスの作家、哲学者)の『老い』という本です。

ボーヴォワールはサルトルと同時代の人。

ボーヴォワールは、 Beauvoirとつづり、Beau(=美しい)+voir(見た目)=見目麗しい

―――という意味です(笑) ネタとして書いちゃいました〜

『老い』

上下巻で長そうですが、気合いを入れて読んでみたいです。



posted by yyymmm at 19:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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